Instagramで遊んでいると、
時々起こるタイミングの妙のようなものが、
力学のように感じられることがある。

例えば、
人生初のコメントを、
ドキドキしながらオーストラリアのクイーンズランドの人に送ってみたら、
その数分後に、
メキシコの山間の全く見知らぬ人から、
人生初のフォローをもらって、
あなたは北極星か、と思うほど、
その人と逢えたからインスタもう終わっても充分と思ったり、

あー北アフリカは空いてるんだな、と気がついたら、
二日後ぐらいにエジプトのアレクサンドリア、ノースコーストの人(カイロやギザも出てくる)から応答をもらったりする。


一番最初は、
公海に浮き輪なしでぽん、と浮かんでるような、
全く知らない皆さんと一緒に小波に揺られつつ、ものの数秒で大波に飲み込まれて海の水の泡と化す…
笑っちゃうような痛快な、体験したことの無いような爽快感と解放感のアトラクションに感動した。

これはきっと、アイソレーションタンクに浮かんでるような気分と同じなんじゃないか、と思うんだけと、
リアルの欲と期待とプライドにまみれた重い身体のワタシから、暫し、それを喪い、シズクが海に戻るような平和がある。
あまりのステキさと心地のよさに、逆に中毒するのではないかと思うくらいだ。

それから段々と、
さっきのこっちから押すと、向こうから出る、みたいな、プッシュ&ドローみたいな動き、
触ると開く、みたいな、タッチ&オープンの動きが面白くて、
ハッシュタグと時差時計付きの世界地図が遊びのツールになる。


⑦RIMG0391aaa

この画像を上げた時は、もうずいぶん前になるけれど、
最初は、うわ~回転し出した、と思った。
ふと、作業机での風景をミラーリングしてみたんだけど、

⑦RIMG0391

ただ反転しただけで、
歪みやひねりの加工は一切していないのに、

可視化できていない意識化できていない世界の半分は、
こうやって繋がってるんだ、と、
妙に納得したのを覚えている。

無限∞のループは、ラインはこんな風に回転してるんだ、きっと、と。

でもその後で、
さっきのような力学的な体験をすると、
今まで線的にイメージしようとしていた円環が、
もっと空間的に膨張する体感に取って代わられる。


世界中の、この丸い星の表面のここを触る、
そこを擦る、ここを掻く、そこをそーっと人差し指で押してみる…。

自分が少しだけ空気の抜けた風船になって、
ちょっと掻いたり押したりすることで、
ふるふるびよ~んとへっこみ伸びる感じがする。


意識は、世界は面白いと思う。
ふわっと、
それと気がつく前に、
意識は世界をそのままクリエイトしているみたいだ。
ワタシの隙を突いて、
ワタシの眼を盗んで。

世界がワタシにとっての社会になった途端、
その魔法は消え失せる。

Instagramは、始めて2ヶ月たって、
ある部分は、肘のカサカサのように、少しづつ社会になりつつある。
そして社会には社会の情緒といとおしさがある。

世界と社会が重なり合いつつ、
たゆたっていければいいなぁ。
意識をどう伝えるか、流すか、
これは本当に面白いこと、一番ありたかったことなのだろうと思うから。